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三十分実験

2007年02月01日 20:25

昔テキストサイトの間であった企画。なんかこう、一秒、じゃなくて、二秒の間に絶対文字を打たなくてはいけないという企画で、三十分以上続ける、というものだった。なんだか面白そうだったのでタイムラグはあるけど、私も実験してみようと思う。どんな文章になるんだろうなあ。ってゆうか、いまもう二分がたったけどかなりキツイんだが本当にこれを二時間やった人がいるのかなあなんて思う。死ぬぞこれ。どうしようかなあなにを書こう。そう、加工って変換されたからそれについてでも話そうかな。緑。緑色が好きなのは周知の事実だとは思うんだけど、やっぱり緑色でつるつるに加工されたものが一番好きだ。あれはなにがそう思わせているんだろう。一番最初に思いつくのは蛙だけど、蛙とかそんな好きじゃない。どうでもいい。存在としてどうでもいい。わからないけどああ本当にできないよこれどうするんだまったく舞城王太郎みたいな文章になってしまうのがすごいなあ。ゲーム。企画。そういうものを思いつく神経がすごい。アイデア。これは誰にも真似できないものだと思うんだ。スキルは磨くことができるけどアイデア、発想、そういうのは想像するしかなくて、ユーモアはだからこそ珍重されるわけだ。日本人って独自性がないっていうじゃん。猿真似だよまったくとか。でもさ、こういう、あるものを使って別の何かにするとか、違う視点から見るとか、コンパクトにするとか、そういうのは得意。民族が一つしかないってのはやっぱり国として有利なのかな。アイヌの人ごめんなさい。琉球の人ごめんなさい。でもアメリカやなんだと比べると一つっていっていいと思うんだ。そう。サラダボウルってよくゆう。食べる。それは、やっぱり欲求で日常でどうしようもなく本能のものだと思う。ああ、こういう書き方って私の書き方だなあと私自身は思ってしまう。こういう、いくつも形容詞をくっつける手法。でもこれ、きっと誰かのパクリなわけで、西尾維新かなあ。どうだろう。長野まゆみ。違うな。どちらにせよ、なんにせよ、私っていう人間はどうしても私個人から派生したものじゃなくて、周りのものに影響されまくってる。最近とくにそう思う。文章って考えて書かないと面白くない。そうなのかな?という疑問。どうだろうね、これを最後までやってみたらわかるのかもしれない。いま十分が過ぎた。嘘みたいだ。エイプリルフール。あれはすごい。誰が生み出したのか知らないけど、そして多分どこかの神父とかなんだろうけど、もしかしたら企業の策略だけど、変な風習にしろ、この、エイプリルフールというもの、どこにも終着点がないのがすごい。嘘をつく。種ばらしする。なんだよー。まったく嘘かよー。あはははは。あははははははははは。この笑い。これはどうしようもないだろう。なんだって笑うんだろう、この上っ面かげんは。どうしようもないなあなんて思うんだけど、私は。僕は。一時期、ネット上の書き込みの一人称を「僕」に制限することをしていた。しゃべりかたも「僕はそう思う」とか、そういう長野まゆみ的なかんじでいって。今思うと、ああ、これがうわさの僕少女、と思う。オタクだなあ。オタク。これも興味深い。オタクってどこからがそうなんだろうね。考え方が、しゃべりかたが、そうなっている人たち。最初はコレクトしている人のことを指したと思うけど、今はネットがあるからなあ。ああ、情報をコレクトしているのかな。オタクはなんでも知っているんだよ。常識。オタク常識があって、くすくす笑う。でも人間関係は希薄なの。なぜ。やっぱり同じ情報を共有している人たちと話すのに慣れてしまっているんだろう。だから分野外の人たちとは話せない。でも、いや、いいか。オタク。家にいる人たち。コミケに行く人たち。コスプレ。最近の子ども達は日常的にコスプレをしていると思う。ほらあれ、あのプリティなんとか。五人になったやつあるじゃん。あれとか、セーラームーンとか、あれの服着ちゃうもんね。ウルトラマンパジャマとか売ってるし。あれはどうしてあんなことになっちゃったんだろう。ガチャガチャという文化。あれもすごい。ガチャガチャっていう安直なネーミングで、安価なコレクター。もうそろそろどうなのかな。ネタの打ち止めとかにならないんだろうか。引越しをしなくちゃいけない。ローラ姫だ。ドラクエ世界の引越しは楽しそう。ファイナルファンタジーの引越しはどうでもいい。現実ぽいな。なんでだろ。馬車。やっぱりそれがポイントなんだと思う。馬車はかわいい。そしてなんか異世界。トトロのトラックと同じ効果だと思う。キャラメルを分けて。いいな。家族というかんじ。それにあこがれているんだろうか。図書館よりも本屋が好きだなあ。それはなんでだろう。バーコード以前は図書館のアナログ具合がかわいかったのだけど。なんか、小さい紙みたいのに書名と日付がずらっと並んでさ。今度は耳をすませばかよ。ジブリ脳になってるんだろうか。ディズニーよりは私はジブリ。日本が好きなんだと思う。日本。畳。着物。うちわ。魚。それら全部からくる臭い。そう、最近とみに感じるのだけど、臭いっていうのは人の感情に結構関わってきていると考える。どうしてだろう。視覚よりも。聴覚はちょっと関わってきそうだけど。鼻はふさぎにくいからだろうかな。嫌な臭いをかぐとずっと不機嫌であったりとか。触覚。いやな触角?いやいやセクハラだよそれは。どうしようもねーなー。まったく。「しゃーねー」とか「俺がやんなきゃな」とかゆう言葉を今日聞いて、なんかむかついた。どうしてかな。むかつくことには法則があると思うんだけど。しゃべりかたで性格がわかることって結構あると思う。あれはなんでだろう。文章で頭のいい人がわかる、っていうのはあると思うんだ。誤字脱字はもう問題外です。そうじゃなく、なんかこう、論点のはっきりしない一貫性のない文章というか。頭わるい。友達になれない。それはなんでなんだろう。文章を書き始めてもう結構たつから、私にはもうわからない。視力がいい人の世界がわからないのと同じようなことかな。もう、二度と視力2.0の世界は体験しないんだろう。視力が違うと世界が違う理由。なんだろね。やっぱし情報量じゃなかろうか。色じゃなく、文字。文字だなやっぱ。だからこそ人の考えは変わってくる。身長が違うと見えるものが違う。他には、そうだな、歩き方とか、耳がいいとか、それぞれ、違う世界を体験しているんだ。だから言葉があるんだよね。言葉は偉大。スペシャルはすごい。ワンダフル。どうしようもないなー!くそう、一生かかっても言葉のすごさとか、全部わかんないまま人生終えるんだろう。私はやっぱり全部知りたい。知識欲。こいつサイキョーです。なぜカタカナか。それはやっぱり意味がある。作者の意図はいつも読者の想定外なんです。でもそこがいい。どうしようもないんじゃないかな。それは、文学の持つもの。必要性っていうのはこういうことなんじゃないかな。小説を書くこと。ちょっと違うな。文字を書くこと。物語を書くこと。それはなんで行われるんだろう。文学は何故生まれてくるか。ひえーアバウトだな。最近文体が安定してきたのでつまらない。微妙にどんどん変わっていくのが私だ。人間だ。変わろうぜ。恐がってんじゃねーぜ。どうしようかね。あ、今であと五分だね。何書こう。そうだなー。好きなもの。それで〆ようかなっ。緑。葉っぱ。風。風邪も好きだ。なんだかわからないものが好きだ。意味不明なものも好きだ。でも、なんだかわかりきっているものも好きだなー。数式ってやっぱりきれいだもん。どうしても、あれ、どうしても、どうしよう、を多用するのが癖なのか。新しい発見だ。なんなのかにゃー。猫。猫は好き。魔法よりも超能力が好き。お、終わりだ。こんなのを二時間も続けた人は馬鹿なんじゃないかな。誉めてるぜ!
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